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[トピックス] 今月の話題
THERAPEUTIC RESEARCH vol.31 no.11 2010掲載予定
対談:日本人の脂質管理のあり方を考える—疫学データをどう理解すべきか
上島 弘嗣(滋賀医科大学生活習慣病予防センター 特任教授)
寺本 民生(帝京大学医学部内科 主任教授)

寺本 2010年9月1日,日本脂質栄養学会・コレステロールガイドライン策定委員会から「長寿のためのコレステロールガイドライン」1)が発表されました。「LDL-コレステロール値は高いほうがよい」と主張するもので,わが国を含め世界の疫学・臨床研究が50年以上にわたり積み重ねてきたエビデンス,それによって策定されたガイドラインを否定する内容になっています。このガイドラインが一部のメディアによって報道され,患者さんやその家族の間では大きな混乱が生じています。

日本動脈硬化学会は10月14日,コレステロールに対する認識についての声明文を発表し,日本脂質栄養学会ガイドラインの問題点を指摘しました。これは批判することを目的としたものではなく,患者さんに真に役立つ医療を受けて欲しいという切実な願い,そして医療者としての責任から,事実を述べたものです。

「長寿のためのコレステロールガイドライン」は,おもに,わが国で実施されたいくつかの疫学研究の結果を根拠としています。「コレステロールが低い人では死亡率が高い」ことが,現象として生じることは事実です。しかし,この現象だけで「コレステロールは高いほうがよい」と結論づけるには,疫学データにおける因果の解釈に重大な誤りがあると言わざるを得ません。

寺本 民生氏、上島 弘嗣氏
左:寺本 民生氏 右:上島 弘嗣氏

本日は,わが国を代表する疫学研究NIPPON DATA(National Integrated Project for Prospec-tive Observation of Non-communicable Disease And its Trends in the Aged)を主導する上島弘嗣先生に,疫学研究実施のあり方やその解釈の方法について詳しく伺い,さらにエビデンスとしての位置づけやガイドライン策定における基本的な考え方について議論したいと思います。

「禁酒」は「多量飲酒」より死亡率は高い

寺本 先生のNIPPON DATA 80でも,「コレステロールが低い人は死亡率が高い」というデータが報告されています2)。しかし,「コレステロール低値」と「死亡」が,原因と結果,つまり因果関係にあることは否定されていますね。上島先生,まずは疫学研究における因果の解釈について解説をお願いします。

上島 たとえば,アルコールを多量に飲む人,少し飲む人,禁酒した人,もともと飲まない人を観察開始時に認定し何年か追跡しますと,もっとも死亡率が高かったのは,禁酒した人でした。多量に飲む人より禁酒した人のほうが死亡率が高いのです。けれども,禁酒したことが死亡の原因かというと,そうではない。なぜなら,なんらかの疾患で禁酒せざるを得なかった人が多く含まれていたからです。死亡率を高めていたのは,禁酒という行為ではなく禁酒に至った病態だったわけですね。

疫学研究ではこのように,「原因」と「結果」を入れ替えて解釈してしまうおそれが十分にあり得ます。われわれ疫学の専門家は,これを「因果の逆転」とよんでいます。疫学研究の多くでは,真の因果関係を明らかにするため,因果の逆転を避けるための工夫を凝らしてきました。

そのために,観察開始の時点で疾患をもっていた人を除くことが重要です。その人たちの死亡の原因は,「もともとあった,なんらかの病気」である可能性が高い。たとえば,肝硬変の人や初期のがんの人はコレステロール値が低くなります。この人たちの死亡の原因は,「コレステロール値が低かったこと」ではなく「肝硬変や初期のがん」である可能性が疑われますね。われわれは,こういった可能性を一つ一つ排除していく必要があるのです。

寺本 交絡という考え方を理解しておくことも重要ですね。

上島 弘嗣氏 上島 そうですね。先ほどの例でいうと,「コレステロール低値」と「死亡」の関係に,肝硬変や初期のがんが影響していました。この現象は「交絡」,肝硬変や初期のがんは「交絡因子」とよばれています。

コレステロール低値と死亡に関わる交絡因子にはこのほかに,喫煙や飲酒などがあります。ヘビースモーカーには痩せている人が多いですね。そして痩せている人のコレステロール値は,比較的低い傾向にあります。つまり,コレステロール低値の集団に,ヘビースモーカーが多く含まれる可能性が考えられるのです。喫煙はがん以外にも循環器疾患の確立した危険因子です。コレステロール低値の集団の死亡率が高いという現象が得られても,因果関係としては「喫煙によって死亡率が上昇した」にすぎない可能性も考えられます。ですから,解析を行う際は喫煙などの生活習慣による調整を行わなければなりません。

このほかにも,年齢や性別による調整も不可欠です。当然ですが高齢者は死亡率が高く,また,女性は男性に比べ循環器疾患の罹患率・死亡率が低いと知られています。コレステロール値で群分けした際に平均年齢や性別にばらつきがでれば,各群の死亡率に強い影響をもたらすことが考えられます。そうなると,コレステロール値の死亡に対する影響はかき消されてしまいますね。同様の理由で,血圧や血糖値などの危険因子による調整も行われます。

疫学研究ではこのように,既往症をもつ患者を解析から除くこと,交絡が疑われる因子や総死亡に影響を与えうる因子は,解析時に調整を行うことが必要です。これらは一つでも欠けてはなりません。解釈を誤る可能性があるからです。不十分な解析結果からなにかを語ってはならないのです。

最初の5年間の「死亡」は除外

寺本 上島先生のNIPPON DATA 80は19年間の追跡結果ですが,最初の5年間に死亡した人は解析から除外されていますね。

上島 これは追跡開始時に病気をもっていたかもしれない人を除外して,因果の逆転を避けるための処置です。たとえば心筋梗塞や脳卒中は,罹患したかどうかがわかりやすいですから,はっきりと除くことができます。しかし,がんを同じように除くことはできません。ここで早期のがんやがんを起こしやすい病態のある人を除くことができるのなら,がん検診など必要ないわけです。ですから,追跡してしばらく,少なくとも5年間で至った死亡については「追跡開始時に有していた疾患による可能性がある」と捉えて,解析から除外しなければなりません。

がんの疫学は循環器疾患とは違って,因果の逆転を含みやすいという点で,原理的な難しさがあります。ましてや総死亡をエンドポイントにする際は,がん以外にもいろいろな要素を考えなければなりません。われわれの想像のつかない要素もあるでしょう。なにを除外すればよいのかわからないまま解析せざるを得ないのですから,短期間で発生した死亡を含めると,因果の逆転という過ちに陥る可能性があるのです。

寺本 総死亡についての検討は,5年後以降に初めて,解析に耐えうるデータが集まるということは,追跡期間が5年程度の研究では,なにかを議論すること自体に無理があるのですね。

「総死亡」は間違う

寺本 私はNIPPON DATAから得られた総死亡に関するデータは,副産物のようなものだと感じています。もともとNIPPON DATAは,循環器疾患についての検討を目的とした疫学研究です。科学研究で重要なのはやはり,目的をもち仮説を立てることだと思います。その仮説が証明されて初めて,真実に一歩近づいたといえるのではないでしょうか。はじめからいろいろな要素が絡んでくる総死亡をエンドポイントにして面白いデータだけを報告するというのは非科学的なように思います。

上島 そうですね。疫学研究では,特異的な関係を想定できる因子と現象についての検討から入ることが大切です。それは医学的見地からも十分理解できる関係でなければなりません。たとえば喫煙と肺がんの関係がそうですね。それから喫煙と脳卒中,喫煙と心筋梗塞。それらが明らかになったうえで,喫煙が総死亡に対してどのくらいの影響を及ぼしているのかの検討を行うべきです。いきなり喫煙と総死亡を検討すると,関係のないものを議論するという過ちに陥る可能性があります。

われわれがNIPPON DATA 80で総死亡について検討したのは,コレステロール低値の集団では総死亡率がやや上昇するということが知られており,その原因を突き止めようとしたためです。NIPPON DATA 80でも「コレステロール低値の集団では総死亡率が高い」という現象がみられました2)。これは,循環器疾患の既往のある人を除外し,年齢やBMI,高血圧,糖尿病,喫煙習慣,飲酒習慣などを調整し,かつ追跡開始5年以内の死亡を除外した結果です。死因を詳しくみると,コレステロール低値の集団では肝疾患による死亡が多いことがわかりました。われわれは肝疾患が交絡因子となり,因果が逆転している可能性を疑ったのです。すなわち,コレステロールは肝疾患によって低下し,肝疾患によって死亡した患者が多く含まれたのではないかと考えたわけです。そこで肝疾患死亡を除いて解析したところ,コレステロール低値と総死亡率上昇の関係は消失することが示されました。

基礎研究と介入研究による裏付け

寺本 民生氏 寺本 コレステロールは,死亡に対する寄与度の大きい喫煙や多量飲酒に比べ,死亡に対しては非常にマイルドな危険因子です。マイルドであるが故に,交絡因子をきちっと調整しないと真実はみえてこない。

上島 むしろ,別のものをみてしまう可能性がある。

寺本 ですから,疫学データで結論を導くことは非常に難しいはずなのです。そこで重要なのは,疫学研究でみえてきた因果関係が,基礎研究や臨床研究によって説明できるかどうか。「コレステロール高値と動脈硬化症の発症は因果関係にある」という疫学研究の結果は,動脈硬化進展のメカニズムで裏付けられ,さらに脂質低下療法が動脈硬化症を予防し死亡率が低下することが示されています。そのステップを踏んでいるから,「コレステロール値を下げましょう」というメッセージを発信できると思うのです。

上島 まったく同感です。疫学研究で危険因子とされても,治療介入の効果が認められなかった例はいくらでもあります。ですから確固たるエビデンスと捉えるには,最終的に介入試験で証明されることが必要です。

寺本 これまで数多くの脂質低下薬が開発され,数多くの介入試験が行われてきました。薬に副作用はつきものですが,そのメリットがデメリットをはるかに上回ると判断されれば臨床応用に至りますし,そうでなければ臨床応用の前に淘汰されます。ネガティブな結果が示された際に見極めなければならないのは,コレステロールを低下させること自体が無意味(あるいは有害)なのか,それともその薬剤特有の予期しない副作用なのかという点です。過去に臨床開発が中止されたある脂質関連の薬剤は,血圧の上昇という予期しない副作用をもっており,それが原因で死亡率を上昇させることが示されました。しかし,その薬剤の効果そのものが否定されたわけではありません。

また,過去のいくつかの後ろ向き研究で,脂質低下薬によりがん発症率がわずかに上昇する現象がみられました。「コレステロール値の下げすぎ」,「偶然によるもの」,「薬剤の副作用」,などの可能性がずいぶん議論されたのです。しかし2005年に発表されたメタ解析の結果,脂質低下療法によってがん発症は増えもしないし減りもしないことが証明されました3)。もちろん,脂質低下療法は総死亡率を有意に低下させることも示されています。

メタ解析のエビデンスレベルはもっとも高く,ガイドライン策定においても非常に重視されます。ただ,重大な条件があります。解析の際,信頼性の高い臨床試験を偏りなく採用するということです。さきほどのメタ解析は,採用する臨床試験の条件が1995年にジャーナル上で発表され4),その後行われた臨床試験のうち,あらかじめ決めた採用条件に合致する臨床試験が組み入れられました。試験選択におけるバイアスが完全に排除された,究極のメタ解析です。その結果は,強い説得力をもって,われわれを含め世界の研究者に受け入れられることとなりました。

日本食のよさを自ら放棄するのか

寺本 日本では基礎研究のほうが盛んに行われてきたという歴史があって,長期間の追跡を行った大規模な疫学研究は,久山町研究やNIPPON DATA 80など数えるほどしかありません。われわれ臨床家は,いまようやく,日本の疫学研究がいかに不足しているのかを痛切に感じています。

上島 とくに脂質値に関するデータはたいへん少ないですね。これには,日本の疾病構造も関係しています。日本の循環器疾患の多くは脳卒中で占められていました。心筋梗塞の発症率は欧米にくらべ圧倒的に低かったのです。発症率が低い疾患を疫学研究で扱うことは非常に難しい。そんななか,日本の脂質値の疫学研究は,7ヵ国共同研究(Seven Countries Study)ではじまりました。これは,心筋梗塞や脳卒中の罹患率が,なぜ国や集団によって異なるのかを明らかにするために行われた研究です。アンセル・キース先生の主導のもと,日本からは久留米大学が参加しました。キース先生は生理学の出身で,コレステロール値が高いと動脈硬化が起こる,コレステロール値を上げるのは飽和脂肪酸であるということを実験で示していました。その後,実際に飽和脂肪酸の多い食事を摂取したらコレステロール値が上昇し,コレステロール高値が心筋梗塞を起こしているということを,ヒトでも証明したのです。キース先生は,世界のあらゆる集団でもそれがあてはまるか否かを知りたいと思った。だから,生理学の実験室を飛び出して,Seven Countries Studyに取り組み始めたのです。

寺本 それで,キース先生の仮説は見事に証明された。つまり,食事がコレステロールレベルを規定し,それがさらに心筋梗塞の発症率に影響していることがわかったのですね。最後のエンドポイントである心筋梗塞発症に対し食事がいかに影響しているかを知らしめた,たいへんすばらしい功績だったと思います。

上島 そうですね。Seven Countries Studyに参加した,フィンランド・クオピオのコレステロール値は平均250mg/dLでした。それに対し,日本の田主丸・牛深では160mg/dLです。100mg/dL近い差があったのです。その約30年後,クオピオにおける心筋梗塞発症率は10万人あたり750人,日本では50人以下であることが示されました5)

しかしそれでもなお,心筋梗塞発症率が低いのは日本人の体質だとする研究者も多かった。それを否定したのがNI-HON-SAN Studyです。ハワイ在住の日系人ではコレステロールレベルが高く,心筋梗塞発症率も高いことがわかりました6)。その後NIPPON DATAでも,日本人でもコレステロールレベルが高いと心筋梗塞発症率が高いことを証明しました7)

いま私たち日本人が世界一の長寿でいられるのは,心筋梗塞を予防する食生活を中心としたすばらしい生活習慣のおかげです。「コレステロール値は高いほうが長生きする」という主張は,それらを放棄せよというのと同じです。

寺本 そうですね。今回,日本脂質栄養学会が発表したガイドラインがその根拠としている研究の多くは,交絡因子の影響や因果の逆転の可能性を考慮していないようですし,追跡期間も非常に短い。論拠としては非常に危ういと言わざるを得ません。

私は,いままでの研究結果とは異なるデータを見つけ,問題提起することは非常に重要なことだと思っています。それがないと科学は進歩しませんから。でも,より重要なのは,そのデータが導かれた理由を探すことです。それを示さないと,患者さんの命を脅かすような危険な発想につながるおそれがあります。上島先生のNIPPON DATA 80は,コレステロール低値の集団の総死亡率が高いことを示しましたが,その原因が肝疾患による交絡だったことも突き止めました。その小さな積み重ねこそが重要なのだと思います。

その研究は他者の厳しい批判に耐えてきたのか

寺本 これまで積み重ねられてきたエビデンスは,まず医学ジャーナルが擁する査読者の厳しい批判を受け,ガイドライン策定委員によってさらに評価され,ようやくガイドラインの論拠として採用されるに至ります。

残念ながら,今回,脂質栄養学会のガイドラインの重要な論拠となった論文は,査読者を擁さないジャーナルに掲載されています。原著論文としての体裁もとられていないですし,原著論文がみあたらないものもある。そして,これらのデータを含めたメタ解析を行い,「脂質低下療法は誤りである」と結論づけています。

上島 元のデータや解析の妥当性を吟味するにも,必要な情報が入手できないのですから,他者からの批判を受けようがないのです。研究の手法や解釈の問題以前に,論文報告やガイドライン策定においてもう少し透明性のあるプロセスを踏むべきだったといえるでしょうね。

寺本 上島先生のNIPPON DATAは,約20年の歴史があります。フラミンガム心臓研究は60年以上,久山町研究は今年で50年になります。長期間の追跡により,ときに試行錯誤しながら,危険因子と循環器疾患の真の因果関係を明らかにしてきました。そして,その因果関係は多くの基礎研究に裏付けられ,多くの臨床試験によって脂質低下療法の有用性が証明されてきました。世界の研究者が厳しい目で研究の信頼性を吟味し,その目に適った治療法が患者さんのもとに届けられます。患者さんには,どうか安心して現在の治療を継続していただきたいと思います。上島先生,本日はありがとうございました。

文献

  • 1)日本脂質栄養学会. 長寿のためのコレステロールガイドライン(2010年版). 中日出版社; 2010.
  • 2)Okamura T, Kadowaki T, Hayakawa T, Kita Y, Okayama A, Ueshima H; Nippon Data80 Research Group. What cause of mortality can we predict by cholesterol screening in the Japanese general population? J Intern Med. 2003; 253: 169-80.
  • 3)Baigent C, Keech A, Kearney PM, Blackwell L, Buck G, Pollicino C, Kirby A, Sourjina T, Peto R, Collins R, Simes R; Cholesterol Treatment Trialists, (CTT) Collaborators. Efficacy and safety of cholesterol-lowering treatment: prospective meta-analysis of data from 90,056 participants in 14 randomised trials of statins. Lancet. 2005; 366: 1267-78. Erratum in: Lancet. 2008; 371: 2084, Lancet. 2005; 366: 1358.
  • 4)Cholesterol Treatment Trialists, (CTT) Collaboration. Protocol for a prospective collaborative overview of all current and planned randomized trials of cholesterol treatment regimens. Am J Cardiol. 1995; 75: 1130-4.
  • 5)Ueshima H. Explanation for the Japanese paradox: prevention of increase in coronary heart disease and reduction in stroke. J Atheroscler Thromb. 2007; 14: 278-86.
  • 6)Worth RM, Kato H, Rhoads GG, Kagan K, Syme SL. Epidemiologic studies of coronary heart disease and stroke in Japanese men living in Japan, Hawaii and California: mortality. Am J Epidemiol. 1975; 102: 481-90.
  • 7)Okamura T, Kadowaki T, Hayakawa T, Kita Y, Okayama A, Ueshima H; Nippon Data80 Research Group. What cause of mortality can we predict by cholesterol screening in the Japanese general population? J Intern Med. 2003; 253: 169-80.

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